ヒューマンドラマ

おすすめマフィア映画「ゴッドファーザー」シリーズのあらすじとレビューまとめ

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マフィア映画の金字塔、ゴッドファーザーシリーズのまとめ記事です。アル・パチーノ扮するマイケルがマフィアのドンとして成り上がり権力を手にしていく姿と、一人の人間としての苦悩と戦い続ける様子が秀逸なヒューマンドラマの超大作でコアな映画ファンにも人気が高い作品です。一作品が3時間程度の長さの大長編映画ですが、無駄なシーンは一切なく今もなお世界中で評価の高い不朽の名作です。

ゴッドファーザー

出典:www.amazon.co.jp

あらすじ

第二次世界大戦が終わった1945年。イタリア系アメリカ人のコルレオーネ家の邸宅はニューヨーク市郊外の高級住宅街の一角を占める。屋敷では主人であるドン・ヴィトー・コルレオーネの娘コニーの結婚祝賀宴が豪勢にとり行われていた。違法に入手したであろう戦時中にガソリン配給優遇措置を受けるためのステッカーが貼られた高級車が敷地外に並び、太陽の下では故郷を同じくするイタリア人やイタリア系の男女が老いも若きも陽気に歌い踊っている。

一方、邸の隅にある書斎では昼にもかかわらずブラインドが降ろされている。花嫁の父はかすかに寂しげな表情を浮かべ古い友人たちを迎え入れる。

葬儀屋でドンに娘の名付け親(ゴッドファーザー)になってもらっていたアメリゴ・ボナセーラは、ドンに娘の代理の復讐を求めてきた。ドンはアメリゴに「自分は殺し屋ではない」と説明し、かつ長年自分のところに寄り付かなかったことを責める。だが「(マフィアであるドンに)借りを作ることが怖かった」と心情を吐露するアメリゴを寛大に許し、友情に従い誠実に対応した。

(参考:Wikipedia)

レビュー

ヴィトーから終始溢れ出る男としての哀愁が魅力的な映画で、3時間という大作ながらまったく長さを感じさせないほど、夢中に観ることができる映画です。マーロン・ブランドの演技も去ることながら、音響やカメラワークなど、時代の空気感を巧みに表現しています。

ドンとして自分のファミリーを守ろうとするヴィトーの信念と、ドンになるために移りゆくマイケルのマインドにとても人間臭さを感じ惹きつけられます。

ヴィトーの生き様からは人間として最も大事なものは何かを学ぶことができ、映画を観ただけで人間的に大きくなれるような、そんな映画です。時を経ても何度も見返したくなります。

ゴッドファーザー Part2

出典:www.amazon.co.jp

あらすじ

この映画では、二つの物語が同時進行で語られる。一つ目の物語の舞台は1958年から1959年で、前作『ゴッドファーザー』に続くマイケル・コルレオーネの姿が描かれる。もう一方の物語は1901年から1941年までの、マイケルの父ヴィトー・コルレオーネの在りし日の姿を描く。幼い頃にニューヨークに渡りコルレオーネ・ファミリーを築いていくヴィトーの物語が、現在のファミリーを守るために戦うマイケルの物語と交錯する。

(参考:Wikipedia)

レビュー

もともとは暴力を好んではいないはずのマイケルが、ドンとしてファミリーを守るために自身の性格までも変えていく苦悩が秀逸に表現された映画で、観ている側としても胸が苦しい。仕事などでリーダーを経験したことのある人間ならば、彼の姿に自分を重ね共感する部分も多いと思います。

常に父親のヴィトーと比べられ、ヴィトーならどうしていたのだろう?、なぜヴィトーは皆から愛されたのに自分はうまくいかないのだろうと思いながら自身の決断を繰り返していく、ドンとしての責任に押しつぶされそうになりながらも、最後は実の兄の殺人に関与してしまう孤独な苦悩はとても生々しいです。

この決断が後のマイケルを苦しめることになるのですが、それでも生きなければならない世知辛さを巧みに表現した作品です。

またロバート・デ・ニーロ扮する若き日のヴィトーの、優しさと強さが同居する演技には心が奪われます。

大長編ですがまったく無駄のないストーリーで、二作目を観てから再度一作目を観ても違った視点で楽しめると思います。

ゴッドファーザー Part3

出典:www.amazon.co.jp

あらすじ

1979年のニューヨーク、ファミリーのドンとなったマイケル・コルレオーネは、父の名を取った「ヴィトー・コルレオーネ財団」の名の下、「シチリア復興のための資金」との名目で行った多額の寄付が功を奏してバチカンより叙勲され、同時にバチカン内の資金運営を掌るアメリカ人のギルディ大司教との関係を得る。そして、それをきっかけとして違法なビジネスを長年行ってきた一族の活動から引退を決意するとともに、合法ビジネスへの全面的な転換を試みる。

(参考:Wikipedia)

レビュー

シリーズ3作目となる本作は賛否分かれますが、前作にも増して苦悩を極めるマイケルの心理的な部分にフォーカスした秀作です。

前作で兄フレドを殺したマイケルは、そのことをずっと後悔し懺悔しますが、逃れることはできません。自分のしてしまったことを受け入れることのできない、根本的な心の優しさを表現しているアル・パチーノの演技には常に引き込まれます。マイケルからは終始疲れのようなものを感じ、人生における壮絶な経験が蓄積されてきたことを改めて感じます。

ラストシーンでは愛する娘を失い、マイケルの中でずっと張り詰めていた緊張が一瞬にして開放されます。絶叫し続けるマイケルの壮絶さには絶望感以外の何も感じません。結局彼には最後何も残らなかったのです。

シチリアにて一人孤独に死んでいくラストシーン。私達はそこで一つの時代が終わったことを察します。最後に残る切なさはなんとも言えない感情ですが、確実に見てよかったと思えるはずです。